ガチムチ・ペロポネソス・レスリング
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください。
子供のころには興味の無かったものが今になって面白く感じることがよくある。たとえば古典なんかがそうだ。
学生の時分に目覚めていればさぞかし有意義だったのだろうが、既に自堕落に浪費してしまったので後の祭りだ。まあ仕方ないね。
古典といっても数あるが、やはり当時の感性を前提に組み立てられているからだろうか、文学性の高いもの程理解が難しい。
自身に感受性が無いだけという可能性のほうが高いが。
そういった文学作品に比べると事実をありのまま書いた記録的なものは非常に理解がしやすくて面白い。今回読んでたのはこれ。
・ヘロドトス『歴史』(松平千秋訳、岩波文庫)1972年
元祖歴史書、ヘロドトスが地中海周りを旅して足で集めた情報を元にまとめられた歴史書である。
色々と学術的に語られるべきことも多いのだろうが、要するにこれは紀行文なのだ。
好きなところだけ好きに読むのが気に入っている。古代を旅行してるようで非常に楽しい。
特にお気に入りはアレだ、ペルシャ戦争のテルモピュライの戦い。
この書籍、文庫で上中下巻の三巻構成であるが、この戦いについては下巻に記述されている。
テルモは熱、ピュライは門、海に面した絶壁の上の幅10mほどの自然の要害であり、温泉が出ることからこの名前がつけられた。
最近は300の映画化で有名になった会戦であるが、コー○ーも真っ青の無双っぷりに燃えざるを得ない。
映画のキャッチコピーは300VS100万。原作がアメコミらしいはっちゃけっぷりであるが、ヘロドトスの記述はさらにその斜め上を行く。
『歴史』では陸上兵力だけで歩兵170万、騎兵8万、アラビアのラクダ部隊とリビアの戦車部隊2万、合わせて180万。ありえん(笑)
現地徴用の兵に、水軍、兵站維持の従兵を合わせて総計すると530万弱。ここまでくるともう笑う気も起こらない。
まあ、流石にこれを鵜呑みにするのはアレである、やはり実際はもっと少ない数であっただろうとは推測できる。
しかし学者の説でも6万~20万、当時の軍の規模としてはぶっ飛びすぎている。
一方のギリシャ軍、スパルタとその他合わせて大体5000。話になっていない。
この中核であったスパルタにいたっては300人、スパルタの王の親衛隊の定数なので多分これは事実。ありえん(笑)
当時のギリシャ都市国家諸国は祭典の最中で兵を合わせてこれだけしか出せなかったそうな。
現代で言うならアレだ、法律が許さないので軍を出せない感じだ。なんというか絶望的。
そしてついに両軍はテルモピュライで対峙する訳だが、ペルシャ軍を率いるクセルクセス、相手が戦端を開くとは思わなかったそうだ。
それはそうである、この兵力差だと常識的に考えて逃げる。
しかしギリシャ軍は逃げず、そのまま睨み合うこと4日。クセルクセスがついに痺れを切らせて5日目にペルシャ軍が攻撃を開始。
なんとギリシャ軍、ここからほぼ無傷でテルモピュライを守り通す。ありえん(笑)
しかし開戦から三日目、内通者によりペルシャ軍はテルモピュライの防衛線を迂回する山道を発見。
窮地に立たされたギリシャ軍はスパルタ兵とテスピアイ兵を残して撤退。テバイ兵はペルシャ寄りなので無理やり残されたらしい。
ここに至り防壁も用を成さなくなり、包囲されたギリシャ軍はついにペルシャ軍に膝を屈することになる。
スパルタ兵は全員玉砕。ギリシャ連合軍は全滅までに2万のペルシャ兵を倒したと記述されている。ありえん(笑)
ちなみに速攻で降伏したテバイ兵は焼印押されて奴隷にされたそうな。
この7日、ペルシャ軍を足止めしたことにより後のサラミスの海戦でギリシャは勝利を手に入れるわけであるが、
それにしてもこの戦、寡兵で雲霞の如きペルシャ軍を防ぎ続けるとか、フィクション顔負けの燃え展開である。
実際のところ、ギリシャの市民兵とペルシャの隷下民族の徴募兵は質にあまり違いがなさそうだから、
当時唯一の職業軍人であるといって良いくらいのスパルタ兵がこの開戦の大きなところを占めていたことは想像に難くない。
スパルタ教育、マジヤバイ。
今回はテルモピュライだけを話題にしたが、『歴史』には戦争以外にも地中海沿岸域の様々な話題が豊富に記述されている。
この書籍は古代のギリシャに思いを馳せるのに最適なもののひとつであることは疑いが無い。
良い本だ。高いけど。
結局のところ何が言いたいかというと、テルモピュライの温泉行きたい。
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください。
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください。