泥臭い話
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アメリカ陸軍に約23年奉職の元軍人、現アーカンソー州立大学、ウエストポイント士官学校教授による戦場心理の論文的著作。
戦場という場所においてすら人は人を殺せない、ということを発見し、一体それは何故なのかについて書かれた傑作。
古来より戦争についての研究所は数あれど、兵士の心理についての言及はまともな研究書においてすら文学的な域を出なかった。
兵士の統率や鼓舞についての話題は枚挙に暇が無いが、兵士そのものの心についてはまったくといっていいほど無視されてきたのである。
戦争という研究されつくした分野においてこのような大きな空白があるというのは非常に意外なことだが、この不可解な違和感に対する答えはこの著作の序論を読めば理解が可能だ。
要するに「殺人を犯すこと」は口に出すことが憚られる、究極的に忌避的な領域に属する話題なのである。
本文から借りて書くなら、一世紀前においての性の話題など問題にならないほどの不健全さの塊とでも表現できるだろうか。
さて、内容についてだが、この本を紹介するにあたり書ける事はそう多くは無い
これは(多少過激に訳されている感はあるが)題名どおりの書物であり、それ以上でもそれ以下でもない。
戦争における兵士の心理を知るために、文献を集め、当事者たちの声を聞いて編纂された資料とその分析の集まりである。
こと証言については著者の兵士としての経歴が無ければ聞き出せなかったであろう、生々しい苦悩の戦場体験を読むことができる。
兵士個人に焦点を当てた切り口は新しいが、戦争といった道徳に大きく関係する話題を扱ったわりに、特に大きく何かを主張する類の本ではない。
だが、現代の戦争ではしばしば忘れられる実際の戦場というものを強烈に意識させるというところが興味深い。
ベトナムやイラクの失敗にも見て取れるように、現場とアカデミックな理論による戦争運営はしばしば乖離を見せることがある。
戦争という強烈に現実的な営みにおいてもそれは完全に逃れ得るものではないらしい。
著者は(実際に戦闘こそ起きていないが)前線を歴任して23年間を過ごした経験の中からこのような研究が必要であると感じたのかもしれない。
そうは言うものの、この本の終わりにおいてこのような知識から何が出来るかということが多少示唆されている。
兵士に対する戦場ストレスのケア、軍の訓練における殺人に対する心的合理化、現代の娯楽の持つ殺人への忌避感緩和の問題提起。
扱う組織や人間によっては毒にも薬にもなるだろう。
大きな危険もある分野ではあるが、だからといって目をそらしても問題の解決にならないところが真に厄介である。
他の書評を見ると、戦争という非日常の場を扱うからかこの本に特別の感慨を抱く人が多いらしい。
ある人は戦争の狂気を描く恐ろしい本であると言い、またある人は人間が本来的には性善であるとの希望が持てるすばらしい本だと言う。
おそらく、そのどちらも正しくてどちらも本質ではない。人によって見出せるものが違うところも含めてこの本は非常に興味深い。
只ひとつ確実にいえることは、そこらの戦争映画や、活動家の言説よりも、この本を一冊読むほうがよほど戦争について深く知ることが出来るということである。
蛇足
このような本が生まれるアメリカは、なるほど戦争が強いわけだと感心しきり。