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ギリシャ傭兵アジアを往く

2009年2月16日 hige

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アナバシス 著:クセノポン(訳:松平千秋、岩波文庫)

以前紹介した『歴史』中のペルシア戦争から下ること約数十年。
ギリシャに侵攻したペルシア帝国、その後継者争いに巻き込まれたアテナイ人クセノポンによる実録の戦記。
ヘロドトス『歴史』中の戦争の描写や数字は伝聞によるところが大である為、信憑性に疑問符がつく部分がしばしば見受けられた。
しかし、この『アナバシス』は実際に著者の体験を纏めたもののため、その内容の正確さが期待できる。
資料として一級であることももちろんだが、読み物としても非常に面白い。
軍記物の最高傑作のひとつといえるだろう。
おまけにノンフィクションである。

さて、著者のクセノポン。かのソクラテスの直弟子である。
とはいっても哲学的な素養には薄かったようで、残した著作も思想的なものを含まないものが多い。
そのせいかバイアスがかかっていない分、逆にソクラテスの実際を探る場合に大いに参考にされるようでもある。
哲学に向かなかったとはいえ知能に劣るわけでもなく、弁舌は非常に巧みであり、数々の戦役に参加したどこに出しても恥ずかしくないアテナイ市民だったようである。

あるとき友人の誘いからペルシア王の弟であるキュロスの傭兵徴募の誘いにのることになる。
クセノポンは非常に乗り気だったようで、旅の可否を神託に伺えとソクラテスに忠告されたのにもかかわらず、旅に出るにあたりどの神に祈ればよいかを神殿で聞いてしまう。
旅に出ることを前提にした伺いを立てたことに対してソクラテスから小言を貰うことになるが、まさかこの旅のせいでソクラテスの死に目に会えなくなるとは思っても見なかったろう。

クセノポンを含むギリシャ傭兵一万余はキュロスに率いられ、現在のトルコ領、アナトリア半島の突端に近いサルディスを発ち匪賊征伐の名目で内陸に歩を進めてゆく。
道の途上、あまりにも内陸に進み続ける軍に疑問を上げる傭兵たちに、キュロスは軍の目的がバビロンを急襲し、王位を簒奪することにあると知らせる。
ここで色々傭兵とキュロスの間でいざこざが起きるのだが、結局キュロスに説得された形でバビロンに居るアルタクセルクセスを襲撃するため軍は進むことになった。
当時のペルシア帝国は強大無比であり、王の兵の数も冗談で無く数百万の動員がかけられるような規模であったが、領土も広大なため各地に駐留する軍を召集するには時間がかかる。
キュロスは王の不意を突いてバビロンへと雪崩れ込む思惑だったが、流石に王の方も弟の行軍の目的には気づき軍をかき集め始めた。

ついに両者はバビロンを目前にして相対することになる。
キュロス麾下、ギリシャ傭兵一万余、土着民兵約十万。
アルタクセルクセス麾下、約120万。
王側の数字には誇張があるものと考えられてはいるが、それを差し引いても大変な戦力差であったろうことが伺える。
しかし、ペルシア軍中央の王を討ち取れば勝機はあると見たキュロス側はギリシャ重装歩兵を正面に立てぶつかり合うことを選んだ。
プラタイアの戦いの再現ではないが、ギリシア重装歩兵の突破力は凄まじく王の至近まで迫ることに成功。
しかしここで追撃をかけるために飛び出したキュロスがあっけなくも討ち取られてしまう。
これによりペルシアの王位争いは決着を見、ギリシャ傭兵たちは敵領奥深くに取り残されてしまうこととなったのである。

辛くも戦場から離脱したギリシャ傭兵たちは近くの都市に逃げ込むことが出来たが、雲霞のごときペルシア軍の前に身動きが取れなくなってしまう。
しかし、数日経ってもペルシア軍は攻めてこない。
訝るギリシャ兵の前に現れた王の使者は、これ以上を戦闘を行わず帰国するなら復路の安全を保障すると話を持ちかけてきた。
他に道の取りようが無いと考えたギリシャ軍は、契約の調停に軍指揮官たちを王の下へ派遣することになる。
だが、いくらギリシャ兵が戦いで見せた戦闘力を憂慮したとしても、そのまま国へ帰すほどペルシア王は甘くは無かった。
調停の場で指揮官が悉く殺されたのである。
事実を知ったギリシャ軍は王が自分たちを生かして帰すつもりが無いことと、指揮官たちの死を知り沈み込む。
食事を取る気力も無く、ギリシャ兵たちはその場に座り込んだり伏せったまま夜を迎えた。

クセノポンは将でもなく兵士でもなく客として軍中にあったが、他のものと同じように消沈して夜を過ごしていた。
だが僅かにまどろむクセノポンは夢中で巨大な光を見て目を覚ます。
古代ギリシアでは雷はゼウスの御技である。
クセノポンは、この夢は啓示であると当然に思い至り、飛び起きて残った将をかき集めて彼らを鼓舞した。
このまま夜を過ごせば当然のごとく日が上ると共に王にみな悉く殺されることになる、なぜ行動を起こさないのか。
我々には物資は無いが、王が約定を違えたからには略奪するのに何の躊躇いが在ろう。
只待っているだけでは死ぬばかりだが、進み戦えば勝利と共に豊富な物資を手に入れることが出来るのだ。
クセノポンの演説を聴いた軍は士気を回復、満場一致で新たな指導者に指名されたクセノポンは失われた指揮官たちの代わりを立て、見る間に軍を立て直し、即座に行動に移る。

かくて士気鷹揚となった一万のギリシャ歩兵は故郷を目指して敵中数千キロを進撃する。
歴史上かつて無い脱出行の始まりである。

燃える。

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