漆黒リボンは終焉に舞う【5】
ゲーセンの自動扉は音も立てずに僕らの為に道を開けた。先頭を行く女王に兵士が傅くように静かで敬意の払われた動作だった。
いや、音はしたのかもしれない。正確に言えば、室内からの騒音に掻き消されてしまっただけの話なのかもしれない。それでも、やはりマイカの為に道は開かれていた。そう形容するしか方法がないくらいに、自動扉にぶつかる事を躊躇う事なくマイカは直進し続け、それに呼応するように騒音が歓迎の音色を大きくした。
マイカは、ずんずんとゲーセンの奥へ突き進んでいく。入り口に集結している可愛らしいぬいぐるみのクレーンゲームやチカチカと電子的に光る音ゲーには一瞥もくれず、マイカが目指す場所は只ひとつ。決まっている。
そう、プリクラコーナーだった。
「ちょっと……マイカ!」
後をついてきた僕だったが、さすがにどうしようもなくなって声を上げるしかなかった。そんな僕の必死の叫びに気付いたマイカは振り返ると、何よ、とでも言いたそうな邪魔をされて明らかに不機嫌な顔でこちらを見やった。
「さすがにそっちには僕は行けないから……この辺で待ってていいかな」
「え? なんで来れないのよ」
「だって、ほら……この、貼り紙」
僕が指を差した先に視線を辿らせるマイカ。それから僕の言いたい事をようやく理解して納得した、といった表情で軽く目を開いてみせた。
プリクラコーナーへの男性の立ち入りはご遠慮下さい。
その貼り紙には、媚びた丸文字でそう書かれていた。これでは、女装でもしていようなら話は別かもしれないが、制服を着たままの僕は明らかにつまみ出されてしまうだろう。いや、女装していた方がつまみ出される所か警察に叩き出される、まであるか……。僕はそんな、真剣なんだかそうじゃないんだか良く判らない思考を巡らせていた。
するとマイカはすっと腕を上げて、僕の差している指に重ね例の貼り紙を指し示した。
「澤サン、日本語、ちゃんと読めてる?」
「読めてるよ、失礼な。だから、僕はここまでだって……」
「じゃあ、一番下の行の括弧書きも、読めるわよね?」
「は?」
僕はマイカから貼り紙へと視線を移した。そう、其処には確かに、こう書かれていた。
(ただし、カップルは除く)
そう、カップルなら良いのだ。恋人同士がプリクラを撮る事を誰も咎めたりはしない。
けれど、僕とマイカはカップルではない。つい数時間前に始めて口を利いたばかりのただの同級生だ。ただの……? いや、それは少し違う。僕とマイカの間には、もうどうしようもないくらいの繋がりが出来てしまっている。なんとなく、そんな気がした。
僕の思考を察してか、マイカが口を開く。
「誰も本当にカップルにならなきゃ入れないなんて言ってないわよ。男と女が二人で居れば、カップルに見える……そうよね?」
有無を言わせぬその物言いに、僕は無意識のうちに力強く頷いていた。自分の意見は絶対に貫こうとするマイカのその姿勢は、見ていて気持ちが良いくらいだ。気持ちが良いくらいに、周囲の事を考えようとはしていない。特に、僕の心の事などは全く眼中にないようだった。
だって、それってつまり……
「つまり、僕とマイカでカップルのフリするって事……?」
「ご名答」
自信たっぷりの笑みを浮かべて、マイカは僕の方を向き直り胸の前で腕を組んだ。その少し窮屈そうな仕草は、どうやらマイカの癖らしかった。出逢ってから何度目も目にして居る仕草だった。両腕を抱えるようなその仕草は、威張っているんだか、縮まっているんだかわからない所がまた、実に滅茶苦茶なマイカらしい。
僕はマイカの全身から溢れ出る『当然でしょオーラ』に負けて、ぽかんとしていた。ぽかんとしている間に、マイカの高慢な笑みが和らいだ優しい微笑みに変化していった。その事に対しても同様に、僕は馬鹿みたいに口を開けてマイカを見つめていた。
「ほらぁ、澤サン、いきましょう!」
さっきまでの上から目線の態度とは裏腹、どこから出しているんだという程のぶりっ子声でマイカは告げた。
ぞわぞわぞわ。背筋に嫌なものが走った感覚。身体中に鳥肌が出現。
何なんだ? 天変地異の前触れか?
びくびくする僕がマイカの言葉に全く反応せずに居ると、更にマイカが猫撫で声で喋り続けた。
「やだぁ、澤サン。もしかして照れてるのぉ? 一緒にプリクラ撮りましょうよ。だって……」
嫌な予感がした。マイカを制しようとした時にはもう遅かった。
「だって、あたし達、付き合ってるんだもぉん! ね?」
マイカの大声は、ゲーセン中に響き渡ったのではないかと思われた。僕は、他方からの視線をひしひしと感じながらどうしたらいいのかわからなかった。
マイカの真意が掴めない……カップルごっこをして一緒にプリクラコーナーへ行ってどうしようと言うのだ? まさか、一緒にプリクラ撮りましょうなんて、本気で言ってる訳ではないだろう。
プリクラが撮りたきゃ、一人で撮ればいいんだ。僕を巻き込まないでくれ、これ以上。というか、僕と最初に出逢った時、ほんの数時間前も一人でプリクラ、撮ってなかったか……?
戸惑うを通り越してその場に固まってしまった僕に、マイカは笑顔のままチッと舌打ちをした。そう、舌打ちだ。え、舌打ち?
それから、マイカは僕にずんずん近付くと強引に僕の腕を掴んだ。そのあまりの握力に僕は思わず声を上げそうになったが、必死に堪えた。痛みに気をとられているうちに、マイカの右腕が僕の掴まれた左腕に出来た隙間にするりと入り込んだ。
あ。これって……
所謂、腕を組んでいる、という状態になってしまった。しかも、何やら柔らかい感触が僕の左肘辺りに当たったり離れたりをするので気が気ではなかった。女の子の身体って柔らかいんだな、などと呑気な考えは耳元で囁かれたマイカの一言によって、消し去られた。
「いいから、黙ってついてきなさい。今度は見殺しにするわよ」
さっきまでの可愛い彼女全開の声と同一人物とは思えない程、どすの利いた地から響き渡るような低い声だった。今度というのは、あの時の戦闘がもしまた降り掛かった時は、という意味だろう。ああ、これがマイカの真意なのか、と僕はようやく理解した。
もう、どうにでもなれ。
僕はマイカに従い、腕を組んだまま、プリクラコーナーへと向かった。
時間も時間という事もあって人もまばらなプリクラコーナーは、華やかなライトと、やたら写りの良いお姉さんや大きな花や星がプリントされた幕が、あちらこちらに垂れ下がっていて、それはそれは実に奇怪な光景だった。
そんな中をマイカは躊躇う事なく突き進んでいき、一番奥にあるプリクラ機の中へ入っていった。勿論、僕も腕を組んだまま連行された。
プリクラ機の中は、外から見られない構造になっており、壁も垂れ幕も全てが真っ白だった。
初めてプリクラ機の中に入った僕は、妙な感動を覚えてぼうっと辺りを見回していた。すると、すかさずマイカの声が小さく響いた。
「もういいわよ」
「え、何が?」
わからなくて聞き返すと、マイカはかあっと顔を真っ赤にして、僕の左腕の隙間から自分の右腕を引き抜いた。
「腕! いつまでしがみついてるつもりなのよ」
今度は、僕が顔を真っ赤にする番だった。どうやら僕はマイカの腕に強くしがみついていたらしい。通りでさっきから何か柔らかい感触と良い匂いがするな、と思ったら……
ガンッ!
「いてえ!」
いきなりの鉄拳制裁に面を食らった僕は、思わず大声を出してしまう。マイカはひそひそ声で僕に接近して話し掛ける。
「馬鹿、静かにしなさいよね」
「そんな事言ったって……じゃあ、殴ったりするなよな」
「うるさいわね。澤サンが変態な事考えてる方が悪いのよ」
「な……! 僕は別にそんな事考えてなんか……」
「へえ。いやらしーい顔してたのは、何処の誰かしらね」
マイカが蔑む目付きで僕を横目でちらりと見る。
うぐ。
自分がどんな顔をしていたかはわからない。しかし、健全な青少年なら当然思う事を浮かべてしまったと自覚のある僕は、何も言い返す事が出来なかった。僕の完全なる敗北だった。
「で、さっきの話の続きだけど」
学生鞄を足元に放り投げて、マイカは僕を見上げる形になった。すると険しい顔付きになったマイカは、
「うーん、なんか、気に入らないわ。こういう時、自分の背の低さを呪うわよね、本当に」
そう一人呟くと、プリクラ撮影用らしい段差の一番上まで上った。軽く僕を見下ろす身長差になり、マイカはご満悦でにやりと笑った。それからすぐに真剣な表情になったかと思うと、僕に向かって人差し指をびしっと差して来た。
「澤サン、さっき、言ったわよね? もうあたしと関係ないとは言えないって」
確かに、言った記憶はある。けれど、だからそれが何だって言うんだ? 僕はマイカの戦闘に勝手に巻き込まれたから、関係ないとは言えない。それだけの事だというのに。
「だったら、とことん関係しちゃっても問題ないわよね。中途半端な方が逆に危険な気もするし……」
マイカは相変わらず段差の一番上に居たが、ひょいとしゃがんでみせた。すると、僕と丁度同じ目線になった。その時のマイカの息を呑む美しい漆黒の瞳を僕はずっと、覚えている。じっと僕だけを映すその瞳から囁かれる魔法。僕は身動き一つ出来ずに、マイカと見つめ合った。
「あたしの秘密、知りたくない?」
知りたい。
思わず、そう即答しそうになったがそこはぐっと堪えた。
例え偶然からとはいえマイカの不思議な能力に巻き込まれて、それで此処までのこのこ付いて来てしまったのは、僕の興味本位からの行動だとしか言いようがない。
最初から、気になっていたのだ。マイカという存在と、彼女にまつわる噂話も。そして人間離れしたマイカの能力と、何故マイカが戦わなくてはならないのかという疑問も。
だから、知りたい、と思った。
マイカの事をもっと知りたいと思った。それは興味本位からかもしれない。しかし、聞いてしまったら最後、もう二度と後戻りは出来ない事くらい容易に想像が付く。
だから、僕は覚悟を決めた。
マイカの瞳をしっかりと見つめ、こくんと大きく頷く。
本当に? 後悔しない?
マイカのそんな声が聞こえた気がしたので、僕はもう一度、頷いた。
ようやく、マイカはいつもの余裕ある態度に戻り、すっと立ち上がるとまた僕を見下ろした。
「じゃあ、まずはこれを見せなくっちゃね」
そう呟くと、マイカはどんどん喋り始めた。
「澤サンが疑問に思ってる事、多分全部解決出来る答えをあたしは持ってるのね。でもそれを知るって事はつまり、澤サンには今後も協力して貰わなきゃならないって事で……。でも、澤サンがそれでもいいって言うんだから、仕方ないわよね、説明してあげるわよ」
え、協力? そんな事は聞いてなんかないのだけれど……
でも、とことん関わるとはそういう意味なのだろう、とは思っていたので大して抵抗もせず僕はマイカの言葉を素直に受け入れた。
僕が意を決したのとほぼ同時に、マイカは自分のセーラー服の胸元のスカーフ止めに手を掛けた。
ぱちん。
ボタンが外れる音がして、臙脂のスカーフがはらりと床に落ちていった。
「ちょーっと、澤サンには刺激が強いかな?」
マイカは悪戯っぽくそう笑うと、更に襟元のボタンも外そうとしていた。
僕は頭が真っ白になりながらも、マイカのその仕草から目を離す事が出来なかった。
to be continued……