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漆黒リボンは終焉に舞う【7】

2009年5月17日 sayuri

それから、プリクラ機内の隅に僕を追いやると、マイカは硬貨を四枚入れて撮影を開始した。可愛らしい音楽が機内に響き渡ると、一気に僕は居た堪れない気分になる。

画面に近付いたり離れたりしながら、一番綺麗に見えるバストショットを探し出すマイカ。その様を横から眺めているのは、実に面白い。その適度な一生懸命さが、見ている方を和ませてくれる。動物園のパンダでも見ているような気分だ。と言ったら殴られそうだから、僕は黙って笑みを噛み殺していた。

撮影が終わるとマイカに引っ張られてプリクラ機の外に出た。そして、プリント完了の合図を待つ。その間、マイカはずっと無言で腕を組んだままプリクラが排出される出口を見つめていた。僕はと言えば、女子校に迷い込んだ子犬の如く、辺りをきょろきょろ見回しては身体を出来るだけ小さくしていた。

雑音だけが二人の間に流れる時間が、やけに長く感じられた。

女の子の嬌声で溢れる、花とか星とかが飛んでいるこの空間に存在する限界を迎えた時、カタンと申し訳程度の音を立ててプリクラが排出された。マイカはそれを素早く奪うように取り上げると、じっとその出来映えを確認していた。僕も、横から覗き込みプリクラを眺める。そこにあったのは相変わらず、同じ仏頂面で並んでいるマイカの顔だった。

「あのさ……マイカ?」

「何よ」

プリクラから顔も上げないでそう答えるマイカ。まるで僕の存在なんて気にも留めていないようだった。僕はひとつ咳払いをして、なんとかマイカの注意を引こうとしたがそれも無駄な努力だった。

「証明写真じゃないんだから、もうちょっとこう、楽しげに写っても良いんじゃないかな、と想うんだけど……」

「何よ、それ。気色悪いわね」

僕の意見は見事、マイカに一蹴された。

「大体、一人でプリクラ撮ってるのに、どうして楽しそうにしなくちゃいけない道理があるっていうのよ」

答えるのも面倒臭いといった様子で、マイカはプリクラへいつの間にか取り出した鋏を入れる。その瞳は細心の注意を払っている。やはり僕の話など聞く耳持たず、といった感じだ。

「じゃあ、なんで一人でプリクラ撮る必要があるんだよ」

ぴたり、とマイカの動きが止まる。そうしてようやく顔を上げると、僕をじっと見つめて一音一音、丁寧な発音でゆっくりと呟いた。

「これはね、儀式なの」

「儀式?」

「そう」

再び僕から視線を逸らすと、マイカはプリクラを切るのに夢中になっていた。しかし意識はまだこちらへと向いているようで、鋏を慎重に入れながらも会話は続いていた。

「今日もあたしは生きていました、っていう証明なのよ」

どう反応したら良いのか判らなかった僕は、マイカの動かす鋏の先をじっと眺めていた。一直線に切ったプリクラを更に細かく分けていく。そして器用に一枚だけを切り抜くと、マイカはそれを摘んで高く掲げた。

「だから別に証明写真でも良いんだけど、高い割に写りが悪いでしょう、証明写真って」

次にマイカが取り出したのは一冊の小さなノートだった。ぺらぺらと頁を捲ると、そこには大量のプリクラが並んで貼られていた。どうやらプリクラ帳らしい。

僕はそれを見て唖然とした。そのノートに目一杯貼られたプリクラの量、そして全く変わる事のない同じ顔。

「……もしかして、それ全部マイカのプリクラ?」

聞き出そうと僕がおずおず声を掛けると、マイカは持ち前の明るさであっけらかんと答えた。

「そうよ、あたしが生きていた証明。そして、それはイコールで今まで一人で戦って来た回数になるって訳」

つまり、それってどういう事だ?

そんな僕の心の中を覗いたかのような、疑問に対する簡略な回答が返って来た。

「一回の戦闘につき、一回のプリクラ。それが戦って生き抜いた証で、あたしの中での儀式になるのよ」

なるほど。つまりは、こういう事か。

マイカは命を賭けた戦闘をしていて、勝たなければ待っているのは死、だけだ。勝利者に与えられるのは、生という現状の存続のみ。そしてマイカはあのプリクラの数だけ戦って、そして勝ち続けてきたのだ。それが生き抜いた証、という事になる。

今回の戦闘も無事に生き抜く事が出来ました。

そんな意味を込めて、マイカは一人、プリクラを撮り続けているのだろう。その気持ちは、僕には正確には判らないのだけれど、なんとなく理解は出来るような気がした。自分が生きているという実感を形にしておきたいのだろう。僕はなんだかマイカの弱い一面を覗き見てしまったような気がして、マイカを直視出来なかった。

と、僕が解説をしている間にさっき撮ったプリクラは貼り終えられて、マイカは次の作業に移っていた。

そう、残ったプリクラを無残にも切り刻むという作業だ。

「ちょっと待った!」

僕は思わず叫んでいた。マイカは僕の声に驚いてこちらを向いた。瞳がまんまるで暗闇の中に佇む猫のように見える。

「それ、切り刻む必要、あるのかよ?」

「それって、これの事?」

マイカが、ひらひらと残りの繋がったプリクラを揺らしてみせる。僕は大きく頷いて、反論しようと口を開きかけた。が、それはマイカの素早い反撃により見事に消し去られた。

「じゃあ澤サンは万が一、知らない誰かがこのプリクラを拾って、あたしの気配をそこから感じ取った奴等に襲われて……っていう展開を期待する訳?」

「もしかして、さっきの僕の時みたいに……って事?」

「さっきはいいのよ、わざとだったから。でも、もしあたしの知らない所であたしの知らない人が被害に遭っても、あたし、そこまで責任取れないわ」

マイカの言っている事が至極正論に想われた。

誰かを巻き込む事。マイカは自分自身を切り刻んでそれを阻止していたのだ。でも、だからって……

「だからって、何もそんなにばらばらにしてしまう事無いだろう? なんだか、見ていて凄く気分が良く無いよ、それ」

「……そう、だったら澤サンが持っていればいいわ。どうせまた、囮になって貰おうと想っていた所だったし」

やけに早口で捲くし立てると、マイカは僕に残りのプリクラを突き付けた。僕はそれを受け取ると、並んだマイカの顔を見つめた。

無表情の羅列からはリアルな息遣いが聞こえてきそうで、そこには生きているという当たり前が存在していた。だけどそれは僕にとっての当たり前であって、決してマイカは同等では無いのだと想うと、プリクラの薄い一枚が物凄い重みを僕に齎した。

to be continued……

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