漆黒リボンは終焉に舞う【7】
それから、プリクラ機内の隅に僕を追いやると、マイカは硬貨を四枚入れて撮影を開始した。可愛らしい音楽が機内に響き渡ると、一気に僕は居た堪れない気分になる。
画面に近付いたり離れたりしながら、一番綺麗に見えるバストショットを探し出すマイカ。その様を横から眺めているのは、実に面白い。その適度な一生懸命さが、見ている方を和ませてくれる。動物園のパンダでも見ているような気分だ。と言ったら殴られそうだから、僕は黙って笑みを噛み殺していた。
それから、プリクラ機内の隅に僕を追いやると、マイカは硬貨を四枚入れて撮影を開始した。可愛らしい音楽が機内に響き渡ると、一気に僕は居た堪れない気分になる。
画面に近付いたり離れたりしながら、一番綺麗に見えるバストショットを探し出すマイカ。その様を横から眺めているのは、実に面白い。その適度な一生懸命さが、見ている方を和ませてくれる。動物園のパンダでも見ているような気分だ。と言ったら殴られそうだから、僕は黙って笑みを噛み殺していた。
マイカの手が、セーラー服の大きな襟を滑らかになぞりながら、その間のV字になっている布の部分に伸びる。
後から聞けば、この部位は胸当て、と呼ばれるらしい。マイカはその胸当てを留めている唯一のボタンをパチン、と外した。その音は狭いプリクラ機の中、僕の耳に何度も反響して届いた。
ゲーセンの自動扉は音も立てずに僕らの為に道を開けた。先頭を行く女王に兵士が傅くように静かで敬意の払われた動作だった。
いや、音はしたのかもしれない。正確に言えば、室内からの騒音に掻き消されてしまっただけの話なのかもしれない。それでも、やはりマイカの為に道は開かれていた。そう形容するしか方法がないくらいに、自動扉にぶつかる事を躊躇う事なくマイカは直進し続け、それに呼応するように騒音が歓迎の音色を大きくした。
マイカは、ずんずんとゲーセンの奥へ突き進んでいく。入り口に集結している可愛らしいぬいぐるみのクレーンゲームやチカチカと電子的に光る音ゲーには一瞥もくれず、マイカが目指す場所は只ひとつ。決まっている。
そう、プリクラコーナーだった。 Read more…
正直な所、一体今何が起こったのか、全く理解不能だった。
斜め後ろ、コンクリート塀の上、悠然と立っているマイカの存在だけが僕に残された現実だった。
襲ってきた女も、瑠璃色の光も、女から出て来た黒い影も、皆、綺麗さっぱり消えてしまった。
あれが全て夢だったと言われたら、それを信じるしかないだろう。いや、寧ろそうであって欲しいと願って止まない。僕は誰かに、そう告げて欲しかったのかもしれない。そしてその誰かが誰なのかなんて、この場合明白過ぎる。
僕は上条舞嘉、いや、マイカにそう告げて欲しかった。漆黒のリボンを優雅に操っていたあの姿を思い出しながら、僕はマイカを仰ぎ見た。
月影も街灯もない、残光すら消え果てたこの世界は緊迫した闇に包まれている。僕は夜の帳が下りた裏路地で、華麗に飛び上がる女の子の姿を食い入るように見つめた。しかし、目の前で瑠璃色の光が邪魔をしてはっきりと認識する事は出来なかった。
瑠璃色の光の壁の向こう側にぼんやりと浮かぶ、見覚えのある後ろ姿。
短めのプリーツスカートを翻し、腰まで長く垂れ下がった黒色のリボンを揺らして。
上条舞嘉は軽々と高く宙を舞い、さっと僕の視界から外れた。その一連の動作は『跳んだ』というよりは『飛んだ』という表現の方が的確だろう。もしくは『消えた』と言うべきなのかもしれない。気付けば僕は上条舞嘉を見失っていた。
外に出ると既に夕陽は沈み、街並を彩る残光が広がっていた。
背後で、ガタガタと鈍い音を立てながら自動扉が閉まる。
少し、遅くなってしまった。
僕はまだ肌寒い風の吹く、寂れた商店街の更に一本奥に入った裏道を歩き始める。夕方の帰宅時間帯を過ぎているせいもあってか、いつもなら数人は居る歩行者の姿は一人たりとも見えなかった。